この「はなし」は平成2年(1990年)から平成10年(1998年)にかけて 私が体験し印象に残ったエピソードを書きためたものです。
昭和58年(1983年)、指宿にUターンして家業の米・酒屋を継いだ私は 何とか家業を発展させてきましたが 平成に入って行き詰まりました。主たる原因は人手不足です。
十分な待遇が出来ない田舎の零細な商店では働いてくれる人を見つけるのが大変で、見つけてもすぐに辞めていくといった繰り返し。こんな状況で家業をつづけていくことが嫌になって、又家族との関係も険悪になっていて八方塞の状態にありました。
そうしたなかで、思いもかけずに『ある方』とお目にかかれたのです。
『ある方』は私を真正面から受けとめてくださいました。お目にかかった時間は短いものでしたが何故か心を洗われるような強い感動を覚えたことが深く印象に残っています。
お目にかかってから私のまわりで色々な出来事、それも悪いといっていいような事が目立って起きるようになりました。
最初は偶然ですませていましたが、それではすまないくらいになっていきました。
私は 『ある方』に教えを乞いながら一つ一つの課題をどうにかこうにか乗り越えていきました。そして、気がついてみたら以前とは違う家族や家業に変わることが出来ていました。
『ある方』は大変な存在なのだと認識するようになったのはかなり後になってからですが最初から不思議な方でした。
はじめてお目にかかったとき、何かのきっかけで国際情勢のことを話してくださいました。そのころ全盛をきわめていたソ連 (当時)のゴルバチョフ首相がバルト三国のリトアニアへの武力介入で国際的な非難をあびていました。『ある方』は「武力介入をしたことでゴルバチョフの運命は変わった。神がソ連を見ていなさいと言っている」というようなことを話されたように記憶しています。
私はあっけにとられました。しかし、それから数年後ソ連邦の崩壊 ゴルバチョフの失脚といった歴史的大事件が勃発しました。
又 『ある方』は病気を治してくださいました。
私の母の肺ガン、父の壊疽・ 心臓病、それに義父の筋萎縮性側索硬化症という難病を治してくださったのです。両親は、これがあんな大病をした人かと驚くぐらい元気です。義父も ほとんど普通の生活が出来るぐらいに回復し自転車に乗ると言い出して家族 を呆れさせています。
私には社会的地位とか名誉とかいったものは何もありません。経済的にもたいしたことはありません。それこそ日本の片隅にある小さな町で酒・米屋を経営し毎日働きまくって日を過ごしています。
しかし毎日毎日が充実していると感じることが出来るようになっていきました。家族が元気で仲がよく、生活できる収入も確保でき・・・満足して暮らしていけています。
『ある方』を知り、私や家族のまわりに次々と起きた色々な出来事や体験をとおして『ある方』に教えをいただいて、多少なりとも考え方や生き方を修正できたことで私の人生は変われたと思います
大競争の時代で、昔ながらの街の小さな米屋や酒屋をとりまく環境は極めて厳しいものがあります。
我が家も大変ですが、現実は現実として受けとめ、努力すれば必ず報われるという信念をもちながら希望をもって毎日を過ごせている自分に、自分自身が一番驚いています。
私や家族にとって安心して過ごすことが出来ている現在の生活は 『ある方』をぬきに語 ることは出来ません。今になって思うことは、自分の最大の幸運は『ある方』にめぐりあえたということです。
こういう思いが強くなればなるほど、他方で何か割り切れない気持ちをおさえることができません・・・
『ある方』のような大きな存在が私たち家族を含め、ほんの一握りの人達にしか知られていないのはおかしいのではないだろうか? 自分がそうであったように世の中には『ある方』を知り、それがきっ かけで何かを見出すことの出来る人がいるのではないだろうか?
だから、こんな方がおられるというということを知らしめるような行動をとってもいいのではないだろうか?
自問自答していくうちに一番の問題に気がつ きました。『ある方』をどのように表現してよいのかわからないのです。
『ある方』はとても大きな存在です。わかろうとすれば見えなくなり、わかったつもりが実はとんでもない間違いで自分までおかしくなってくる・・・・といった繰り返しです。最近は、どうせわかるはずがない・・・ と、わかろうと思 わなくなりました。
ところが今回、 『ある方』 を知る者のあいだから 『ある方』のことを書いてみようという声があがるようになりました。
私も勇んで筆を取ったのですが、どう表現していいものやら迷うだけで少しも進みません。
そこで 『ある方』のことではなく自分のことを書こうと考えました。自分が体験したなかで『ある方』がかかわってくださった出来事はたくさんあります。こうした出来事を出来るだけ客観的に書いていけば『ある方』の何たるかが多少なりとも描けるのではないかと考えたのです。
こういう気持ちで自分の体験したことを書いていきます。
エピソードを「いのち」「社会」「自然」のテーマごとに分類しました
順次公開いたします
令和7年 初夏
鹿児島県指宿市在住
大正末期創業の酒屋4代目 肥後 修